「地元」はすべての始まりである

言うまでもなく、だれしもが「地元」で生まれ、「地元」で育ってきたわけです。

 

今ってインターネットがあるので(もちろんこのHPも例外ではなく)、いつでもどこでも商売をやることが可能です。

でも、どんだけネットやITが発達しても、モニタやスマホの前にいるのは「どこかの地元で育った誰か」なんですよ。

 

もちろん技術の恩恵を受ける事を否定しはしませんし、時代に合わせて生活やビジネスのスタイルが変わっていくことにも、何の抵抗もありません。

 

でもやっぱり、

モニタやスマホの前にいるのは「どこかの地元で育った誰か」

なんですよ。

 

自分はそれを忘れちゃダメなんじゃないかなーと思うんですよね。

 

要するに、ネット恩恵でいつでもどこでも、誰とでも簡単に繋がれるようになって、多くの人がそれでチャンスを掴みやすくなった、それはとてもいいことなんだけども、

でも、だれもがそうやって「ネットにばかり」目を向けてたら、今まで自分をはぐくんできた「地元」はどうなるでしょうか。

いずれ痩せ細っていっちゃわないですかね?

 

世界は「地元」で出来ている

これね、日本各地のイベントに出展しててあらためて思ったんです。

 

当たり前なんですけど

世界は「地元」で出来ている

んですよね。

 

インターネットは便利だけども、でもやっぱり世界を構成してるのって「地元」なんですよ。

その地元に住んでる人が居て、その人が仕事をして、生活をして、人生を過ごすことで世界は成り立ってる。

 

ネットが世界を構築してるわけじゃない。ネットは地元という世界、一人一人という世界を繋げるためのツールにすぎないから。

だから、そんな世界の構成単位である「地元」を疎かにしてては、いずれ色んな所で歪が生まれると私は思ってます。

 

具体的なアクション

ってまあここまではちょっと抽象的な話だったんですけど、超具体的な話をすれば

ついネットにばかり目が向いちゃうけど、ちょっと地元に目を向けたら案外良いモノ見つかるよ

というか。

 

いやこれは本当にそうで。

たとえば製造業者さんなんかもネットで検索して探すのは簡単なんですけど、ガチの技術持ってる所って往々にしてネットには載ってなかったりするんですよね。

 

野良の「地元」との関わり方

ウチなんかはまさにそう。

 

「野良」と名が付く製品は全て何らかの形で「地元」との関わりの中で作ってます。

 

加工業者さんもそう。今まで他の業者さんに断られ続けてきた難易度の高い加工も、何の気なしにふらっと寄ってみた地元の業者さんに持ち込んだら余裕で加工可能だったという(笑)

 

組み立て・梱包をやってもらってる、福祉施設さんもそう。

それまで組み立て・梱包・発送を自分ひとりでやっててイッパイイッパイになってて、ある時に同じ広島の野営仲間に相談してみたら「それぜひうちの施設でやらせて!」と。

で実際に依頼してみたら物凄く丁寧な仕事で、そこからはもうお世話になりっぱなしです。

 

これらぜんぶ、地元広島での関わり合いの中で生まれた繋がりです。

 

地元はいいぞ

もちろんネットを使う事が悪いとは全然思ってないし、何なら思いっきり使ってるし恩恵も受けてる。

地元以外の繋がりは持たない!という極端なコダワリを持ってるわけでもない。

 

凄くシンプルに

・地元で出来る事なんだったら、そりゃ地元でやろうや

というか。

 

無理してネットを使う必要って別にないよな、と。

地元で完結できて、それで仕事が回るならそれでいいじゃん、と。

 

それを聞いて、このグローバルの時代にちっちぇー男だなと思われるかもしれませんが(笑)、いや私は逆だと思うんですよ。

「地元」や「人」という最小構成単位がしっかりしてこそ、ネットというツールは真価を発揮するもんだと思ってます。

 

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